建築

構造計算とは?建物の安全を数字で証明する計算の世界を徹底解説

建物を建てるとき、「この建物は本当に安全なのか?」という疑問に、明確な答えを出す方法があります。それが構造計算です。

「計算」と聞くと難しそうに感じるかもしれませんが、要するに「この建物は地震が来ても大丈夫」ということを、数字で証明する作業なんです。今回は、この構造計算について、できるだけわかりやすく解説していきます。

構造計算って何?

構造計算とは、建物にかかるさまざまな力(地震、風、雪の重さなど)を数値化して、柱や梁などの構造部材が安全に耐えられるかを確認する計算のことです。

簡単に言うと、「この柱にこれだけの重さがかかるけど、折れないよね?」「地震でこれくらい揺れるけど、倒れないよね?」ということを、一つひとつ計算で確かめていく作業です。

なぜ構造計算が必要なの?

昔の建物は、職人さんの経験と勘で建てられていました。「この太さの柱なら大丈夫」という経験則ですね。でも、それだと本当に安全かどうか、客観的には分かりません。

構造計算をすることで、以下のメリットがあります。

  • 安全性を数値で証明できる – 「なんとなく大丈夫」ではなく、「計算上、確実に安全」と言える
  • 法律の要件を満たす – 建築基準法では、一定規模以上の建物に構造計算が義務付けられている
  • 保険や融資の審査に必要 – 金融機関や保険会社は、構造計算書の提出を求めることが多い
  • 将来のメンテナンスに役立つ – どの部材がどれくらいの力を受けているか記録に残る

構造計算の基本的な考え方

構造計算の基本は、シンプルです。「建物にかかる力」と「建物が耐えられる力」を比べて、耐えられる力の方が大きければOK、というものです。

荷重と応力

荷重(かじゅう): 建物にかかる力のこと。重さや地震の揺れ、風圧など。

応力(おうりょく): 荷重によって、柱や梁の内部に生じる力のこと。

構造計算では、まず建物にどんな荷重がかかるかを計算します。次に、その荷重によって各部材にどんな応力が生じるかを計算。最後に、その応力に部材が耐えられるかをチェックします。

安全率という考え方

構造計算では、ギリギリセーフではなく、余裕を持たせます。これを「安全率」と呼びます。

例えば、ある柱が100トンまで耐えられるとしても、実際の設計では50トンや60トンまでしか使わないようにします。なぜなら、材料のバラつきや想定外の荷重に備えるためです。

構造計算で扱う荷重の種類

建物には、いろんな力がかかります。構造計算では、これらをすべて考慮します。

固定荷重(常に建物にかかる重さ)

建物自体の重さです。柱、梁、壁、床、屋根、設備機器など、建物に固定されているもの全部の重さを合計します。

木造なら比較的軽いですが、鉄筋コンクリート造だとかなり重くなります。この重さは建物が存在する限り、常にかかり続けます。

積載荷重(人や家具の重さ)

建物を使う人や、置かれる家具などの重さです。

住宅なら1平方メートルあたり180kg、事務所なら300kg、図書館の書庫なら600kgといった具合に、用途によって想定する重さが決まっています。

実際には部屋全体にぎっしり人がいるわけじゃないですが、安全を見て床全面に荷重がかかると仮定します。

積雪荷重(雪の重さ)

その地域で過去に記録された積雪量をもとに設定します。北海道や東北の日本海側では、かなりの積雪荷重を見込む必要があります。

雪は意外と重くて、1平方メートルに1メートル積もると約300kgにもなります。「たかが雪」と侮れません。

風圧力(台風などの風)

強風が吹くと、建物の壁に大きな力がかかります。特に高層ビルでは、風圧力が設計を左右する重要な要素になります。

風圧力は、建物の高さや形状、周辺の環境によって変わります。ビル風が強い場所では、より大きな風圧を想定します。

地震力(地震による揺れ)

日本で最も重要な荷重が、この地震力です。地震が起きると、建物は水平方向に大きく揺さぶられます。

地震力の大きさは、建物の重さ、地盤の状況、建物の高さや形状などで変わります。重い建物ほど、大きな地震力を受けます。

構造計算の種類

建物の規模や構造によって、計算方法が変わります。

壁量計算(木造2階建て以下の簡易な方法)

木造の小規模住宅で使える、最もシンプルな方法です。

必要な壁の量を面積から算出して、実際の壁の量と比較します。必要量以上の壁があればOKという、わかりやすい方法です。

ただし、適用できる建物は限られていて、3階建て以上や大規模な建物には使えません。

許容応力度計算(一般的な建物の標準的な方法)

最も一般的な構造計算の方法です。各部材に生じる応力を計算して、材料が耐えられる応力(許容応力度)以下であることを確認します。

木造、鉄骨造、RC造、どの構造でも使えます。計算は複雑になりますが、専用のソフトウェアを使えば比較的スムーズに進められます。

計算の流れ
  1. 建物にかかる荷重を計算
  2. 各部材に生じる応力を計算
  3. 部材の許容応力度を確認
  4. 応力が許容応力度以下かチェック
  5. 建物全体の変形量もチェック

保有水平耐力計算(より詳細に耐震性能を評価)

許容応力度計算よりも詳しく、建物の耐震性能を評価する方法です。

大地震が来たとき、建物がどこまで粘り強く耐えられるかを計算します。中規模以上の建物や、特殊な構造の建物で実施されます。

この計算では、建物が少し損傷することは許容しますが、倒壊しないことを確認します。現実的な地震被害の想定に近い計算方法です。

時刻歴応答解析(最も高度な方法)

実際の地震波のデータを使って、建物がどう揺れるかをシミュレーションする方法です。

超高層ビルや免震建築、特殊な構造の建物などで採用されます。コンピュータで詳細に計算するため、最も精度が高いですが、専門性も高く、時間とコストがかかります。

構造計算の実際の流れ

構造設計者が構造計算をどう進めるか、その流れを見ていきましょう。

1. 建物の情報を整理

まず、意匠図面から建物の情報を読み取ります。

  • 建物の用途、階数、高さ
  • 各階の平面図、断面図
  • 使用する材料(木造、鉄骨造、RC造など)
  • 敷地の地盤情報

2. 荷重を算出

建物にかかるすべての荷重を計算します。

固定荷重は、使う材料の単位重量から計算。積載荷重は建物の用途から設定。地震力や風圧力は、建築基準法の規定に従って計算します。

3. 構造モデルを作成

建物を数学的なモデルに置き換えます。柱や梁を線で表し、それぞれの部材の性質(太さ、材質など)を設定します。

最近では、構造計算ソフトを使って3Dモデルを作ることが一般的です。

4. 応力計算

各部材にどんな力がかかるかを計算します。

  • 柱にかかる圧縮力
  • 梁にかかる曲げモーメント
  • 筋かいやブレースにかかる引張力・圧縮力

コンピュータが複雑な連立方程式を解いて、すべての部材の応力を算出してくれます。

5. 断面検討

計算された応力に対して、各部材の断面(太さや形状)が十分かを確認します。

応力が許容応力度を超えている場合は、部材を太くしたり、材質を強いものに変更したりします。

6. 変形の確認

地震や風で建物がどれだけ変形するかも計算します。

変形が大きすぎると、壁にひびが入ったり、ドアが開かなくなったりします。法律で定められた変形量の範囲内に収めます。

7. 構造計算書の作成

すべての計算結果をまとめて、構造計算書を作成します。

この計算書は、確認申請の際に提出します。数百ページになることもある、かなりボリュームのある書類です。

8. 構造図の作成

計算結果をもとに、施工者向けの構造図を作成します。

どこにどんな部材を使うか、鉄筋の配置はどうするかなど、施工に必要な情報をすべて記載します。

構造計算ソフトウェア

昔は電卓と計算尺で手計算していた構造計算ですが、今はほとんどコンピュータソフトを使います。

主な構造計算ソフト

日本で使われている代表的なソフトをいくつか紹介します。

一貫構造計算ソフト: 入力から計算、図面作成まで一貫してできるソフト。BUS、SEIN、SS7など。

木造専用ソフト: 木造住宅の壁量計算や許容応力度計算に特化したソフト。

解析専用ソフト: 時刻歴応答解析など、高度な解析ができるソフト。

ソフトを使うメリット

  • 計算が早い – 手計算なら何日もかかる計算が数分で終わる
  • ミスが減る – 人間の計算ミスを防げる
  • 変更に強い – 設計変更があっても、素早く再計算できる
  • 視覚化できる – 応力分布や変形の様子を3Dで確認できる

ただし、ソフトが出した結果を鵜呑みにしてはいけません。入力ミスがあれば、間違った結果が出ます。構造設計者は、結果が妥当かどうかを判断する能力が求められます。

構造計算が必要な建物、不要な建物

すべての建物で構造計算が必要なわけではありません。

構造計算が必要な建物

  • 木造3階建て以上
  • 木造で延べ面積500㎡超
  • 木造以外の2階建て以上
  • 木造以外で延べ面積200㎡超

これらの建物は、確認申請時に構造計算書の提出が必須です。

構造計算が不要な建物(4号特例)

木造2階建て以下で延べ面積500㎡以下の建物は、構造計算書の提出が省略できます(いわゆる「4号特例」)。

ただし、構造計算をしなくていいわけではなく、壁量計算などの簡易な確認は必要です。また、この特例は段階的に縮小される方向で法改正が進んでいます。

構造計算をした方がいい場合

法律で義務付けられていなくても、以下の場合は構造計算をした方が安心です。

  • 大きな吹き抜けがある
  • 大空間のリビングがある
  • 敷地が傾斜地や軟弱地盤
  • 耐震等級3を取得したい
  • 長期優良住宅の認定を受けたい

構造計算にかかる費用と期間

構造計算を依頼すると、どれくらいの費用と時間がかかるのでしょうか。

費用の目安

建物の規模や複雑さによって大きく変わりますが、おおよその目安は以下の通りです。

木造住宅(許容応力度計算): 15万円〜30万円
木造住宅(性能表示計算): 20万円〜40万円
小規模な鉄骨造・RC造: 30万円〜100万円
中規模ビル: 100万円〜300万円

構造が複雑だったり、特殊な検討が必要だったりすると、さらに高くなります。

期間の目安

木造住宅: 2週間〜1ヶ月
小規模ビル: 1ヶ月〜2ヶ月
中大規模ビル: 2ヶ月〜半年以上

設計変更があると、その都度再計算が必要になるので、余裕を持ったスケジュールが大切です。

構造計算適合性判定(構造計算の審査)

一定規模以上の建物では、構造計算の内容が正しいかを第三者がチェックする「構造計算適合性判定」を受ける必要があります。

判定が必要な建物

  • 木造3階建て以上で延べ面積500㎡超
  • 木造以外で高さ13m超または軒高9m超
  • その他、一定規模以上の建物

判定の流れ

  1. 確認申請と同時に、構造計算書を提出
  2. 都道府県や指定機関の構造計算判定員が審査
  3. 問題があれば指摘事項が出される
  4. 修正して再提出
  5. 適合すれば判定書が発行される

この審査には通常2週間〜1ヶ月かかります。指摘が多いと、さらに時間がかかることも。

構造計算書の見方(基本編)

構造計算書は専門的な内容ですが、いくつかのポイントを押さえておくと理解しやすくなります。

構造計算書の構成

一般的な構造計算書は、以下のような構成になっています。

  1. 表紙・目次
  2. 使用プログラム・設計条件
  3. 荷重計算
  4. 応力計算
  5. 断面計算
  6. 基礎の計算
  7. 各種検討(偏心率、剛性率など)

チェックポイント

専門家でなくても、以下の点は確認できます。

建物情報が正しいか: 階数、面積、高さなどが図面と一致しているか

地盤の情報: 地盤調査の結果が反映されているか

使用材料: 指定した材料が使われているか

結果の判定: すべての項目で「OK」や「安全」となっているか

もし「NG」や「不足」という表示があれば、設計者に確認が必要です。

よくある質問

Q1. 構造計算をしないとどうなる?

法律で義務付けられている建物で構造計算をしないと、確認申請が通りません。つまり、建築できません。

また、構造計算をしていない建物は、安全性が不透明です。地震や台風で被害を受けるリスクが高まります。

Q2. 構造計算と構造設計の違いは?

構造設計: 建物の骨組み全体を考える仕事。どんな構造にするか、どこに柱を立てるかなどを決める。

構造計算: 構造設計の一部。決めた構造が安全かどうかを計算で確認する作業。

構造計算は、構造設計の中の重要な一工程です。

Q3. 古い建物の構造計算書はある?

1981年以前の建物は、構造計算書が残っていないことが多いです。当時は保管義務がなかったためです。

古い建物の安全性を確認したい場合は、新たに耐震診断を受けることをおすすめします。

Q4. 構造計算は誰がやる?

構造設計の専門知識を持った建築士が行います。

木造住宅なら意匠設計者(建築士)が自分で計算することもありますが、規模が大きくなると構造専門の設計者に依頼するのが一般的です。

Q5. DIYで構造計算できる?

理論的には可能ですが、現実的には難しいです。

構造力学の知識、建築基準法の理解、計算ソフトの操作など、専門的なスキルが必要です。間違った計算で建物を建てると、人命に関わる事故につながりかねません。

プロに任せることを強くおすすめします。

構造計算の歴史

構造計算の考え方は、どのように発展してきたのでしょうか。

経験則の時代

20世紀初頭まで、建物の構造は職人の経験と勘で決められていました。「この太さの柱なら、これくらいの重さに耐えられる」という経験則です。

伝統的な木造建築では、長年の試行錯誤で培われた技術が、世代を超えて受け継がれていました。

構造力学の発展

19世紀に構造力学の理論が確立され、建物の挙動を数式で表せるようになりました。これにより、科学的な構造設計が可能になったんです。

日本での構造計算の義務化

1923年の関東大震災後、日本で初めて耐震設計の概念が導入されました。1924年の市街地建築物法改正で、地震力を考慮した設計が求められるようになります。

その後、1950年に建築基準法が制定され、構造計算の基準が明確化されました。阪神・淡路大震災や東日本大震災を経て、基準はさらに厳しくなっています。

コンピュータの登場

1980年代以降、パソコンと構造計算ソフトの普及で、計算の効率が飛躍的に向上しました。それまで何日もかかった計算が、数時間でできるようになったんです。

現在では、AIを活用した最適設計の研究も進められています。

構造計算の未来

構造計算の世界も、技術の進歩とともに変化しています。

AIと機械学習

AIを使って、最適な構造を自動的に探索する技術が開発されています。人間が何パターンも計算していた作業を、AIが一瞬でやってくれる時代が来るかもしれません。

BIMとの連携

BIM(Building Information Modeling)と構造計算ソフトを連携させることで、設計変更があっても瞬時に再計算できるようになります。

意匠、構造、設備の情報が統合されることで、設計全体の効率が上がります。

クラウド化

構造計算ソフトがクラウド化されることで、どこからでもアクセスでき、複数人での共同作業もスムーズになります。

リアルタイムシミュレーション

将来的には、設計しながらリアルタイムで構造の安全性をチェックできるようになるかもしれません。「この壁を抜くとここの応力が上がる」といったことが、瞬時に分かるようになるでしょう。

まとめ:構造計算は建物の安全の証明書

構造計算は、建物の安全性を数字で証明する重要な作業です。一見、複雑で難しそうに見えますが、基本的な考え方はシンプル。「建物にかかる力」と「建物が耐えられる力」を比べて、安全を確認するものです。

法律で義務付けられていない小規模な建物でも、構造計算をすることで安心感が得られます。特に、間取りが複雑だったり、地盤が心配だったりする場合は、専門家にしっかり計算してもらうことをおすすめします。

構造計算書は難解な部分も多いですが、建物の安全を守る大切な書類。家を建てる予定がある人は、ぜひ構造設計者に「構造計算の内容を説明してください」と聞いてみてください。きっと丁寧に教えてくれるはずです。

建物の安全は、目に見えない計算の積み重ねで守られているんです。

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